ミズタマリコネクト 3

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tochittan

tochittan (tochittan)


ゆう君との距離は、近くて遠い。私が中学生にもなってお漏らししてしまったあのときは、あんなに近くに居てくれたのに、その後は普段通りだ。

私の普段というのは、登校して女友達としゃべり、授業を受け、班で給食を食べ、午後の授業を受け、部活に行く。つまり毎日話すのは、女友達、班員、部活仲間くらいだ。ゆう君と班が一緒になったときは、バカップルなんて呼ばれたりもしたけれど、普段の接点はあまりない。ゆう君が部活で都大会に出場が決まって喜んでいたことも、都大会の一回戦で負けてひどく落ち込んでいたことも、私が知ったのはずっと後のことだった。

ゆう君は、私に手を差し伸べてくれるのに、私はゆう君に手が届かない。もっと近くで笑ってほしい。もっと近くで泣いてほしい。でも、どこまで近づいていいのかわからない。それほどに、ゆう君は普段通りだった。

ゆう君が私のヒーローになったのは、小3の総合の授業のときだった。

小学生に「未来の車」を想像させると、十中八九「空飛ぶ車」が生まれる。レベル5の自動運転が実装され、事故が起きても安全なようにと、外装がゴム製になる。なんてステレオタイプな小学生なのだろう。それはともかく、班員を集めて未来の車を議論すれば、無難な小学生らしい発想に落ち着く。

その日は、そんなステレオタイプな発想を、班ごとに発表する授業だった。模造紙を黒板に貼り、口頭で説明していく。私たちの班は後半なので、発表が近づく緊張と、ネタ被りによるやるせなさを感じながら、他の班の発表を話半分に聞きつつ、自分が担当する原稿とにらめっこしていた。

緊張からか、少し尿意を感じていた。原稿から手を離し、お腹をさすってみる。発表が終わるくらいまでは大丈夫と思った。

驚いたことに、私たちのひとつ前の班が、独創的だった。自動運転が実現したときの責任の所在について考察したり、材料として安直にゴムを持ち出さず、鉄やアルミより軽量で強度の強い素材が実現できそうといった内容だった。やられたと思った。この後に発表するのだと思うと、気分が重くなった。

そして、私たちの順番が回ってきた。班員が黒板の前に整列する。発表は、模造紙の区画ごとに発表担当者が決まっており、私は、それぞれの話題の繋ぎを行う司会役となっている。私はもっとも教室の扉側に立ち、発表を始めた。

「5班の発表をはじめます。私たちの班では、未来の車について、安全で、素早く目的地に到着できるをテーマに考えました。」

私たちの発表は、目新しい案もなく、クラスメイト達も飽きてきているようだった。特に、前の班と比較する声がぼそぼそと聞こえはじめ、そして教室はざわざわとし、関係ない雑談も始まっているようだった。それでも私たちは、誰も聞いていない教室に向かって話し続ける……。そう思っていたとき

「それが人の話を聞く態度ですか!」

先生の喝が教室に響いた。

先生による中断で、発表の緊張から解放された。それと同時に、トイレを我慢していたことを思い出した。発表を終えて席に戻るときに、教室を抜け出してトイレに行こうと思った。

しかし、その時はなかなかやってこなかった。先生の怒りは収まらず、「相手が話を聞いてくれなかったら、どんな気持ちになるか考えてみなさい」と言い放って、教室は静寂に包まれていた。

とても、トイレに行きたいと言い出せる空気ではなかった。

「んっ……」

こっそりと太ももをさすって気を紛らわせてきたが、それも限界に近づきつつあった。手を前で組むふりをして、股間をぎゅっと押さえつけたりもしてみた。けれどそれも、ちょっとした時間稼ぎにしかならなかった。

普段は明るい私も、大声で「トイレ!」と言える度胸はなかった。この前も、ゆう君が気を使って、私に先にさせてくれなかったら、きっと……。

レジ袋に気持ち良く放尿したことを思い出し、頭が出したいという欲望でいっぱいになった。

静寂から数分、しびれを切らした先生は、また熱く聞き手のあり方を語っていた。しかし、私にはもう先生の言葉を理解する余裕がなかった。

股間に痛みにも近い圧力がかかり、顔がゆがむ。しかし、教室のぴりぴりとした空気によって、背筋だけは伸びていた。泣き叫んでトイレに駆け込みたいのに、体はまったく動かない。ただその時がやってくるのをじっと待つことしかできなかった。

そしてとうとう、組んでいた手に温かい感触が広がった。終わらない先生の説教。私頑張ったよね?

目に涙が溜まると同時に、温かさが脚を降下していった。目線を下げると、現在進行形でジーンズにシミをつくっていた。シミが地面に到達すると水たまりを形成していった。

布を伝って落ちていくおしっこは、無音だった。先生の説教が続く中、静かにパンツの中におしっこを排出し続けた。脚の内側を温かい感触が通り抜けては、その周囲から冷えていった。

最後の解放感を味わい、下半身は急激に冷えていった。濡れて重くなった布は気持ち悪く、服の中に放尿してしまった事実をこの上なく突きつける。そして、いつこの恥ずかしい姿がクラス中に認知されてしまうのかを考えて、とてもつらくなった。とにかく、動いたら見られてしまうと思い、そのままの姿勢で硬直していることしかできなかった。

硬直したまま床を見ていたら、視界の右側にも水たまりが生まれていた。その水たまりは、どんどん大きくなっていく。

私の右側にいるのは……ゆう君だ。まさか……。

そう思っている間にも水たまりは大きくなり、そして、私がつくった水たまりとひとつになった。

「先生! ……やっちゃいました」

ゆう君が声を上げた。それと同時に、クラス全員が私たちのほうに意識を向ける。みんなに、認知された瞬間だった。できてしまったシミと水たまりは隠せるはずがなかった。

「えっ、ふたりも……」

あまりに奇妙な状況に、先生も驚いていた。とにかくお説教タイムは終了した。

それから、私たちは体操着を持たされ、教室を追い出された。私がうつむいたまま保健室へ歩き出すと、ゆう君がさっきまでの神妙な顔から一転して、ふざけたように話し始めた。

「濡れたズボンってこんなに気持ち悪いんだな。貴重な体験って感じだ」

「そう……だね……」

励ましてくれているのは伝わったが、不安な気持ちのほうが強く、相槌を打つくらいしかできなかった。

保健室に到着すると、ゆう君が先に立って、扉を開けた。

「失礼します。見ての通りなので着替えさせてください」

「あら大変。そっちの子も?」

私は無言で頷いた。先生は「ふたり揃ってはめずらしいけど、気にすることないわよ」と言いながら、タオルと替えの下着を用意してくれた。

着替え終え、カーテンを開けると、ゆう君が待っていた。

「ゆみ、大丈夫か? 教室戻れるか?」

「戻りたくない……」

戻りたくない。この歳になってお漏らしをしてしまったという事実を認めるのが嫌だった。クラスメイトに、かわいそうな目で見られるのが嫌だった。お漏らし女のレッテルを背負って日常生活に戻るのが嫌だった。

「戻りたくないよぉ」

不安で涙があふれた。すぐに、ゆう君が両手を握ってくれた。

「ゆみはひとりじゃない。俺がいる。ふたりで乗り越えようよ」

ゆう君が熱く語りかけてくる。

「ひとりだと心細いだけだけど、ふたりならこんなの笑い話にできるだろ?」

「笑い……話……?」

「ああ、ふたり同時に漏らしましたなんて滅多にないことだろ? だからかわいそうな思い出じゃなくて、面白い思い出にしちゃうんだ。そうしたら、同情されることもないし、気に病まなくて済むだろ?」

なんだかスッと心の重しがとれた気がした。ゆう君と一緒なら、きっとひとりよりも良い方へ進む、そう確信した。

「ふふっ……。ありがとう、ゆう君……」

そして、作戦会議が行われた。最終的に、雑巾を振り回しながら教室に突入して、片づけようということになった。

「お通夜ムードをぶっ壊してやろうぜ」

とてもバカっぽい感じもしたが、そのおかげで暗い気分になる余裕はなくなった。

そしてこの事件は、バカップルコンビの珍事として、クラスメイトの記憶に残るのだった。

その後、帰り道で改めてお礼を言うことにした。

「ゆう君、今日はありがとね。私ひとりだったら、ずっと落ち込んでることになってたよ」

「どういたしまして。ゆみが元気になってよかったよ」

そう言うゆう君も、漏らした張本人なんだけどなぁ、と思って、なんだか違和感を感じた。

「というか、なんでゆう君は最初から平気そうな顔をしてたの? もしかして、わざとした?」

やぶへびかもしれないが、訊かずにはいられなかった。

「どうだろうねぇ、結構我慢してたよ。まぁまぁゆみが元気なってよかったよかった」

はぐらかされた。これは確信犯である。

「へぇ~。そっかそっか」

私もからかうように返した。

内心では、嬉しいような、申し訳ないような、こそばゆい気持ちとともに、ゆう君がどこか大人びて見えた。

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